作るものを探していたとき、ある競技の戦績データを個人で集めて公開しているサービスを見つけました。
構造がきれいだったので、しばらく参考にしていました。
作ったのは英語圏の人でした。
きっかけは、英語の実況でその競技にハマったことだったそうです。
つまり「海外の人が、日本の競技を英語で追えるようにした」サービスでした。
自分がやろうとしていたのは、逆向きでした
自分の題材は逆です。
海外に完成形のデータベースがあるのに、日本語では検索できません。
「日本人が、海外発の形式のデータを日本語で追えるようにする」。
逆でした。
向きは正反対なのに、「自分の言語で追えないから作った」という動機の形は同じでした。
言語の壁は両方向にありました
日本語の情報が英語圏から見えにくいのと同じように、英語圏の情報も日本からは見えにくい。
当たり前の話です。
ただ、参考にしていたサービスの成り立ちを知るまで、自分は壁を片側からしか見ていませんでした。
「日本語で引けなくて不便だ」と思っていたのは自分だけではなく、逆向きにまったく同じ不便を感じた人が海の向こうにもいた、ということでした。
両側に理由があります。
自分の題材が「日本語で引けないから作る」で成立するという確認にもなりました。
個人開発の動機は、だいたい「自分が困ったから」に着地します
参考にしたサービスの運営者は、サーバー代を自腹で払って寄付を募っています。
儲かる題材ではありません。
それでも作って公開し続けているのは、自分がその不便に困っていたからだろうと思います。
自分も同じです。
市場規模や需要の大きさを調べて決めたわけではなくて、日本語で引けなくて困ったから作ろうとしています。
題材選びで「需要があるか」を先に考えていた時期がありました。
ただ、実際に手が動いているのは、自分が困っているほうの題材です。
参考にさせてもらったサービスに感謝しつつ、自分は逆向きの穴を埋めることにします。
